yowoichi43’s diary

ちょっとした小説と、健康について

抜け落ちた風景 その15

 翌日は、昨日よりも寒さが増していた。

慶乃は、有休で「後で、お弁当持ってくね」

仕事をしていると、宮崎さんが

「今日は、一段と冷えるな、アレ、雪だ」

「寒いはずだ」

「お、もう昼だな?」

「耕太郎、今日も彼女が、弁当を持ってくるの?」

「はい」

「いいな〜、この幸せもんが!」

しばらくして、店長が上から、息を切らせ

慌てて降りて来た、僕を見るなり、

「長澤!すぐ!中央病院へ行け!」

「山田が!」

僕は一瞬、なんだか訳がわからず、病院へとタクシーを、急がせた、

何があった?どうした?頭が混乱していた、

病院に着くと、ロビーにお父さんがいた、

「耕太郎くん!こっちだ!」

病室に案内してくれた、

ドアを開けると、お母さん、妹が嗚咽を漏らしていた。

中央のベッドに、慶乃が横たわっていた、

お父さんが、僕の肩を掴み、ゆっくりと口を

開いた。

「バス停でね、待っていたら、雪でスリップした

   車が突っ込んできたらしく、此処へ、

   運びこまれたときは、もうダメだった。」

僕は、寝ているような、慶乃の傍らに立ち、

「慶乃!嘘だろ!

    いつまで寝てるんだ!起きて!

    帰ろう!」

揺すって、抱き上げたが、あの笑顔、声は

無かった。

僕は、突然のことで、涙も出なく

ベッドの横に崩れるように、座り込んだ。

「耕太郎くん!耕太郎くん!」

誰か呼んでるが、わからない、崩れ落ちる意識の中

慶乃が、「耕ちゃん、耕ちゃん、」呼ぶ、

僕は、手を伸ばすが届かない、

「これは夢だよね?慶乃?」僕は失意の中にいた。

葬儀の時は、親父に支えられないと

立っていられなかった。

僕の親父が、慶乃のお父さんに挨拶をした、

お父さんが僕に向かって、

「耕太郎くん、大丈夫か?

   昨日な、写真スタジオの人がね

   写真が出来上がったと、持って来たよ、

   ウェディング写真を撮ってたんだね、

   ありがとう。」

ウェディング姿の慶乃は、幸せ一杯に、

微笑んでいた。

僕は心に、ポカッと大きな穴が空いてるかの様で

話しかけられても、反応出来ないでいた、

それに、気力も湧かず、ただそこに糸の切れた

操り人形な様に、佇んでいた。

しばらくして、一筋の煙があがり、慶乃が

行ってしまった。

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抜け落ちた風景 その14

   ロマンに、お昼を食べに行くと、マスターが

「耕ちゃん!いつもの?」

「いえ、弁当があるんですよ〜」

「オッ、なになに、弁当を作ってもらってるの?」

「慶乃に、あまり無駄遣いをするなって、

    弁当を持って行きなさいと言われてます。」

「羨ましいなぁー、」

それから、しばらくしてから、僕の両親が

慶乃の家に、挨拶に来た。

振り袖姿を、僕は見惚れていたら、

「慶乃さん、綺麗ねー」と、お袋が言っていて、

少しはにかんだように、慶乃は下を向いていた。

挨拶と結納まで済まし、食事が終わったら、

両親は帰って行った。

その年の、クリスマスになる前、休みの朝

「ねぇ、耕ちゃん?」慶乃が聞いた、

「うん?どうしたの?」

「写真を撮りに行こうよ」

「ちゃんとした、スタジオで撮ろうよ〜」

「いいけど、どうしたの?」

「私ね、山田慶乃で撮りたいのよ」

「この名前で撮るのは、最後だしね」

「次撮るときは、長澤慶乃だからね」

「いいでしょう?」「いいよー」

スタジオに行き、予約してなくてもいいか聞くと

大丈夫という事だった。

貸衣装があったので、借りれるのか?聞いたら

前撮り用で置いてあるから、好きなのを

良いですよと言われた。

慶乃は、ウェディングドレスが着れると言い、

  耕ちゃんはモーニングを着て、撮ろうと言って

選んでいた。

胸のあいた、純白のドレスでビーズ刺繍のはいった

裾の広いのを選んだ。

「あのう、髪と着付けはどうしたら良いのですか?

「大丈夫ですよ、隣はウチの美容室だから、

    やってあげますよ」

僕は、少しだけライトブルーの服を、選んでもらい

着替えて、慶乃を待っていた。

しばらくしてから、奥からドレス姿の慶乃が

出てきた、

「いや〜、本当にお綺麗な方」

「やり甲斐があったわ〜」

美容師さんが、しきりに褒めるものだから

恐縮していた、

僕はというと、思わず見惚れていて、呼ばれて

返事をするのを忘れていた。

スタジオの中央に、案内され、色々と

ポーズを決めてた時に、

「すいません、少しだけ時間をもらってもいい

    ですか?」聞いたら

「あ、大丈夫ですよー」

「耕ちゃん、どうしたの?」

「慶乃、左手を出して」

長い手袋を外し、薬指に指輪をしてあげた。

「嬉しい」といいながら、スタジオのライトが

当たり光るのを、左手を伸ばして眺めていた、

そして、僕の方を向き、天使のような微笑みで

「ありがとう」

「それでは、撮ります!」

「花嫁さん、すいません、少し首を傾けて下さい!」

「花婿さん、もう少し左を向いて下さい!」

バッ!ストロボが光った、

「次ですね、花嫁さんは椅子に、掛けて下さい、

   少し衣装を直しますね」

裾を大きく広げ、僕はその横に立つと

「じゃ、カメラを見て下さい、」

そして、慶乃の一人だけの写真も撮ってもらい

「お疲れ様でした、終わりました、どうぞ

   着替えてもらってもいいですよ」

帰るときにスタジオの方が、

「すいません、今日の写真、お店に飾りたいのです   

    が、よろしいでしょうか?」

どうぞと言って、スタジオを後にした。

食事をしながら、将来のことを話し、店の

外に出ると、北風が冷たく吹いてた、

バス停に向かう時に、僕のコートのポケットに

慶乃が手を入れて、指を絡めて歩いて行った。

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抜け落ちた風景 その13

   お風呂から出ると、夕食の支度が済んでいた。

親父が少しして、風呂から上がり、席につくと、

ビールを、由紀から注いでもらい、皆が座ったのを

見て、僕は改めて言った。

「山田慶乃さん!」

「山田慶乃です、よろしくお願いします。」

「手伝ってもらって、ごめんね、」

「いえ、そんな事はないです。」

親父が、じゃ、乾杯!と、珍しく音頭を取った。

そして「耕太郎を、よろしく頼むね、」と言い

「ほんとうに、慶乃さん、耕太郎を頼むわね!」

お袋が頭を下げて言ったら「お母さん」

お袋が涙を見せると、慶乃も感激して、

大粒の涙を流した。

「もう、お母さん!湿っぽくなる」由紀が言って

慶乃に向かって、

「ね!おねぇさんと、呼んでいい?」

「イイわよ」

「ホント!嬉しい!」

「私ね、おねぇさんが出来るのが、夢だったんだ」

万歳をして、喜んでた。

「ねぇ、今晩、ウチの部屋で寝ようよー」

「お母さん!いい?」

「慶乃さんは、長旅で疲れてるから、ダメよ」

「私なら、大丈夫です。」

「ね!お母さん!いいでしょう?」

「慶乃さん、いいの?」

「ハイ、由紀ちゃん、一緒に寝ようか?」

やったー!由紀が小躍りして喜んでいた。

「ところで、耕太郎、式はいつを考えているんだ?」

「ん?二人で話して、来年の春くらいにしようかな

    と、思ってる」

「慶乃さんの、方の都合はいいと?」

「ハイ、私は構いません、」

「そう、おい、母さん!慶乃さんところに、挨拶に

    行かないかんね」

「そうね、早めがいいわね〜」

親父が立ち上がり

「ちょっと、タバコ吸ってくるわ」

縁側に出て行った、お袋はビールを少しだけ飲み

ながら、

「お父さんねぇ、そりゃもう大変だったのよ、

    ソワソワしてね、何時頃、着くだろうか?とか

    慶乃さんに、なんて挨拶しようかとかね、

    ねぇ、由紀、うるさかったのよねぇ」

「本当だよ〜」

慶乃が、ハンカチを目に当てた、

「あら、ごめんね、泣かしちゃった?」

頭を、振りながら、慶乃が

「わたし…私、本当に幸せです」

お袋は、うん、うん、と頷いて

「ホント!よかった」と、言っていた、

そして、「さぁ、片付けようか?手伝って!」

「ハイ!」     「はーい」

 

翌日、「いつでもいいから、おいでね〜、

               耕太郎抜きでもいからね」

由紀は、学校があり、もう居なかったが、

「おねぇちゃん、また来てよ、約束だよ!」

そう言い残し、出て行った。

「お父さん!もう行くって」

「あぁ、また、来てね!待ってるからね、

    ご両親にも、よろしく言っといて下さい、

    また、日を改めて伺いますからね。」

「ハイ、ありがとうございました、

   伝えておきます。」

タクシーの中で、頭を僕の肩に乗せて、

「本当に、いいご両親、耕太郎が

    優しいのが、よく分かる気がするわ」

会社に出勤してから、店長と宮崎さんに

「春に決まりました」報告すると、二人供

そうか、よかったね〜と喜んでくれた。

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抜け落ちた風景 その12

   僕は、出勤して慶乃と一緒に、店長と宮崎さんに

挨拶に行くと、

「おい、本当か、おめでとう」と、口々に言って

宮崎さんが、

「びっくりしたな、まさか山田くんと、

    付き合っているとはな、式の日取りは?」

「まだですけど、今度、実家に帰るので、

    ある程度決めたいと思ってます。」

「そうか!良かったな〜」

宮崎さんは、目を細めながら頷いて言った。

 

僕は、慶乃を連れて、実家の◯◯に電車で向かった

途中、電車の中では、慶乃が心配そうに何度も、

「大丈夫かなぁ」と、つぶやいた。

駅に、着いた途端「帰りたくなっちゃた」と、

半べそをかいていた。

タクシーで向かう車内では、

「ねぇ、私の服装は、おかしくない?」

「大丈夫だよ」手を、握り言うと、

「あー、ドキドキするなぁ」

しばらくして、実家のお店の前に、タクシーを

止めて、僕が先に降り、入っていった。

「ただいま!」

店の奥から、「耕ちゃん?」

母の声がして「おかえり、」と、エプロンで

手を拭きながら、顔を出した。

「あら、こちらが慶乃さん?」

「はい、初めまして、山田慶乃と言います。」

「よろしく、お願いします。」と、

深く、礼をしながら言った。

「まぁ、まぁ、遠いところ、大変だったでしょう?

   お父さんも、もう、配達から帰る頃だからね」

「耕ちゃん、奥に案内してあげて、」

しばらくして「いま、帰ったよー」父の、

声がし、商品を降ろす音が聞こえてきた。

「もう、慶乃さん、いらしてるよ、」

「そうか、お店早仕舞いしようか?」

「そうね、じゃあ  片付けるね、」

親父が、前掛けを外しながら、奥へ入って来た。

「いらっしゃい。疲れたろ、ゆっくりしてね」

「はい、ありがとうございます」

少しして、お袋が台所の方から、

お茶を持って、テーブルの上に置いて、畳の上に、

正座して両手をつきながら、挨拶をするので

慶乃も同じ様にした。

お茶を注ぎながら、「さ、飲んでよ」

そして、慶乃に微笑みながら、

「でも、良かったわぁ、こんなにしっかりした

    娘さんがきてくれるなんてねぇ。」

「ねぇ、お父さん?」

あぁと、親父が返事をした。

「お父さんとね、耕太郎には、年上のお嫁さんが、

    来るといいねぇ、と言っていたのよ」

「こんな可愛い人を、連れてくるなんてねぇ」

「ほんと、嬉しいわ!」

慶乃は恐縮していた。

「耕太郎は、少し頼りないところがあるから、

    慶乃さん、頼むわね!」

彼女がコクリと頷くと、お袋が、

「さ!食事の用意をしようかな」と、言いつつ

立ち上がり「由紀!手伝って!」

奥の方から「は〜い!」と返事があった。

慶乃は「私も手伝います」と、バックから、

エプロンを準備した、それを見ていたお袋が

関心という顔をして、

「由紀も、ちゃんと見習いなさいよ」言いながら

女三人で、台所で楽しそうに、お喋りをしながら

夕食の準備を進めていた。

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抜け落ちた風景 その11

   門を慌ただしく開けて、チャイムを鳴らした、

はーい、と返事があり、母親が、

「あら?どうしたの」

僕は、息を切らしながら「すいません」

「慶乃は、上よ、」

「失礼します」

一気に、階段を駆け上がり、呼んだ!

「慶乃!  慶乃!」

部屋のドアが開いて、「どうしたの?」

「僕の話を聞いて!もうね、誰にも遠慮しなくても

     いいから!だから、僕と一緒になって!」

彼女は頷いていたが、

「でもね、耕ちゃん!あなたより歳も離れて

    上だし、もっと、年下の人を選んだ方がいいよ」

少し、涙声で、下向きに答えた、

「そんな事はないよ!僕は…僕は…

    君と居たいんだ、ずっと、一緒に歩きたいんだ」

「でもね、」

「僕の話を、聞いてよ!」

「僕は、慶乃と幸せになりたいんだ!

    だから、もう  離れないで!」

僕はそう言うと、思いっきり、抱きしめた。

「耕ちゃん!ありがとう!」

背中に手を回してくれた、

台所の方から、

「耕太郎くん、一緒に食事しよう」

「ありがとうございます、でも、一度、

    会社に帰らないと、」

「そう、だけどもう、こんな時間よ、

   電話入れたら?」

宮崎さんに、怒られ、自転車は明日持って、

来てもいいと言われた。

「今日はね、お父さんは残業で遅くなると

    言っているし、私が話をしておくからね」と

母親が、食器を出しながら言った、

「さ、耕太郎くん、座ってね」

「慶乃!愛美を呼んでちょうだい!」

 

日を改めて、僕は、慶乃の両親に挨拶に、伺った。

お父さんは、白髪が少し入って、黒縁の眼鏡で

その奥は、優しそうな目をしていた。

リビングのソファーに掛けて、お猪口に

お酒を注ぎながら、よく通る声で、聞いた。

耕太郎くん、慶乃でいいのか?と

何回となく聞いてきた。

「僕はね、耕太郎くん、慶乃は、もう

     嫁には行かないだろうと思って、

     諦めていたんだよ、」

「だから、嬉しくてな、頼むな、耕太郎くん」

「僕が、少し甘やかし過ぎたから、わがままに

    なってね、心配なんだよ、な、母さん?」

「そうなのよ、耕太郎くん、頼むわね。」

「今から、みっちりと花嫁修業をさせるから!」

「お母さん!」慶乃が、口を尖らせて言った。

「耕太郎くんの、ご両親の前で、恥ずかしい所は

    見せられないでしょう?」

「慶乃!いい?!」

「はい」

慶乃が、珍しく神妙な面持ちで、返事をした。

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抜け落ちた風景 その10

  僕は、仕事に忙殺されて、慶乃にも、中々会えず

にいたが、ある夜に帰り道で、偶然に会った。

「元気!、どうしたの?最近なんだか、

    避けてるみたいな気がするけど、」

「なんか、あったの?」と、僕は声を掛けたら、

「最近、疲れちゃって!」

「大丈夫?」

「それに、こうやって周りの目を、気にして

    会うのも、どうかな?って、思ったりしてね」

「え?!」

「一度ね、私達の関係を白紙に戻さない?」

「何?どうしたの?」

「だからね、今のこういう状況が、嫌だって

    言ってるの、それに、あなたも、何も

     言ってくれないし」

「なんだかねー」

「え!何、言ってるの」

「あなたの、そういう所というか、煮え切らない

    所が、嫌なわけ!わかる!」

「だからね、もう会わない事にしたの!」

「ちょっと!待って!」

「サヨナラ、」そう言うと、バスに後ろも、

振り向かずに、乗って行った。

僕は、先程から降り出した雨の中、呆然と

バス停で立ち尽くしていた。

バスに乗った、彼女は、

目に涙を一杯に溜め、口を一文字に閉じ、

前を、真っ直ぐ見ていた。

僕は、アパートまでの道を、雨に濡れながら、

ボロ切れのように、重い足取りで帰った。

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それからは、僕は、ただ慶乃を、遠くから

目で追いかけていた。

彼女が見えると、切なくて苦しかった。

宮崎さんが「耕太郎、どうしたんだ?

                      お前、少し変だぞ、」

「いえ、大丈夫です、」

「しっかりしろよー、時期社長になるんだから」

「え?何処からそれを?」

「ロマンのマスターが、言ってたぞ」

「いい話じゃないか、もっと喜べよ、」

その時、慶乃が部屋に入ってきた、

「返品でーす、」

「は  い」商品を貰う時、指輪先が少し触れた、

僕は、思わず抱きしめたくなったが、

下を向き、涙を堪え、小さな声で

「わかりました」

宮崎さんが、「ごめんね、コイツ、この間から、

   ずっとこの調子でね、返品、やっとくね。」

部屋から出て行った後も、後ろ姿を、目でずっと

追い掛けてた。

その時、内線電話が鳴り、

「あ、はい、耕太郎?居ますよ、ちょっと待って」

「耕太郎、総務から電話だ、」

[すいません、お仕事中に お会い出来ますでしょうか

   ロマンでお待ちしております]

ちょっと出ますと、言って  ロマンに向かっていくと

栞が奥の方で、待っていた。

コーヒーが来てから、おもむろに、

「すいません、この間の、お返事いただけますか?

僕は、少しの間下を向いて黙っていると、

「実は、黙っていようと、思ったのですけれど

    この前、山田さんと、お話をさせて、

    いただきました、」

「え?」

「山田さんが、歳も離れているし、弟みたいな

    関係だと、おっしゃってました、でも、

    違うみたいですね、」

「前に、デパートでお二人をお見受けした時も、

    なんだか幸せそうに、してらっしゃるみたいで、

    それに、お店では長澤さんは、山田さんを

    ずっと、目で追いかけていらっしゃいましたし」

「…私は…私が、あなたの、心に入る余地は

    残念ながら、無いみたいですね、」

栞が、涙を堪えながら、一気に言った。

僕はその時、慶乃との思い出が、一杯に広がり

泣きそうになりながら、顔をくしゃくしゃにして、

席を立ち、後退りしながら、深く礼をして、

ロマンを飛び出して行った。

会社で「宮崎さん!自転車、借ります!」

「おう!いいよ!どうした?」

僕は、精一杯ペダルを漕ぎ、慶乃の家に向かった。

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抜け落ちた風景 その9

年が明け、街も店も、落ち着きを取り戻してきた。

一階レジに内線電話が掛かってきた、

[山田さんは、いらっしゃいますか?]慶乃が出た、

[はい、私ですけれど、]

[総務の綾間です、少し  お話がしたいのですけれど、

  お時間、よろしいでしょうか?]

[もう、お昼の休憩に入りますから、いいですよ、]

[では、ロマンでお待ちしてます]

 

「コーヒーもらえますか?」と、綾間が言って

「私も下さい」と慶乃も注文した、

「すいません、および立てしまして、不躾な事を、

    お伺いしても、よろしいでしょうか?」

「なんでしょうか?」

「実は、長澤さんと、お付き合いをされて

    いらっしゃるのでしょうか?」

「え?!」

「いえ、この前、デパートでお二人を、

    お見受けしたものですから」

「あー、あれ、」少し、慶乃は考え込んで、

「長澤くんがまだ、こちらに、不慣れなもの

   だから、店長に面倒見てと言われたの、で、

   私とは、年も離れてますし、まぁ、弟みたいな

    ものかなぁ、」

「そうなんですか〜、私、奥手なんです、

     こういうことに、

    慣れていなくて、もしお付き合いされていたら

    どうしようかと、心配してましたの、

    でも、あー、良かった〜、」

急に、表情がぱっと明るくなり、嬉しそうであった

「だから、何も  心配は要らないよ、」

そう言ったものの、慶乃の横顔は、少し寂しそうで

「もう、いい?仕事に帰るね、」

「あー、ごめんなさい、ありがとうございました」

彼女が、深々と礼をして、見送った。

そんな事があり、幾日かたった、ある日、

慶乃が、ロマンでお昼を済ませコーヒーを

飲んでると、

マスターと宮崎さんが、カウンター越しに、

話をしていた、

時折、耕太郎と聞こえたので、耳を傾けていると、

「へー、耕太郎もやったじゃん、社長令嬢から

   交際を申し込まれたって?」

マスターが「そう、この前にね、そこで

    令嬢と会って、言っていたよ」

「いいなぁ、彼女、一人娘だろ?将来は

    社長候補か、羨ましいなぁ」

慶乃は、その話を聞きながら、下を向いて、

考えごとをして、静かに出て行った。

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